iPS細胞で角膜移植の限界を超える-世界の視界を良好にするため、研究を続ける羽藤社長にインタビューしました!-
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株式会社セルージョン
代表取締役社長
羽藤 晋
1998年に慶應義塾大学の医学部を卒業。専門は眼科の角膜移植・角膜の再生医療。iPS細胞を用いた角膜再生医療の研究から得られた成果や特許を利用して、2015年に株式会社セルージョンを設立。
羽藤さん、本日はよろしくおねがいします。
よろしくおねがいします。
なぜ、開業ではなく起業の道を選んだのですか?
私は1998年に大学を卒業してから、臨床で眼科医をしたり研究で論文をかいたりして実績を積んだあと、2015年にこの会社を立ち上げました。
「大学卒業後に大学病院に勤務して、その後開業する」だとか「大学で研究者として働く」ではなく、なぜ起業したのですか?
iPS細胞を用いた再生医療の将来性が非常に高く、自分が医者として一生涯で治す患者さんよりもっと多くの人を救えるのではないかということ、しかも国内だけでなく全世界の人に貢献できると考えたから開業ではなく、起業の道を選びました。
なるほど、もともと眼科医とのことで、角膜移植を必要とする患者さんと接する環境にあったということですね。
はい。私はもともと臨床の現場で角膜移植を行っていました。角膜移植という治療は、亡くなられた方から角膜をいただいて(ドナーと言います)その角膜を患者さんに移植するという移植医療です。ただ、この手術はドナーの方が必要となるし、角膜移植は眼科の手術の中でも熟練を要する難しい手術です。眼科医の中でも手術できる人は限られています。
また、ドナーから頂いた角膜を患者さんに届けるにはアイバンクの制度が整っていなければいけません。しかし、角膜移植のできる眼科医もいて、アイバンクも整っているという国は全世界でとても限られています。
しかも発展途上国などの多くの国では手術を受ける事のできない患者さんがたくさんいます。このような人を待機患者と言いますが、報告によると全世界の角膜移植の待機患者は1300万人。
対して全世界で行われている角膜移植の件数は年間たった18万件です。ここに大きな需要と供給のギャップが生じています。
例えば私が医者として一生涯かけて角膜移植手術を行いつづけたとしても、頑張ってもせいぜい数千件ほどです。なかなか一人の眼科医で全世界の角膜疾患の課題を解決することは難しい。そこで、我々が研究開発で編み出した、iPS細胞から角膜の細胞を作り出し、それを大量生産して全世界の人々に届けることができれば、より多くの患者さんを治すことができる。その実現を目標に、私たちは研究開発をしています。
角膜移植を必要とする患者さんはどのような理由で手術を希望するのでしょうか?
いくつか病気はありますが、我々がターゲットとしているのは水疱性角膜症という病気です。この病気は角膜移植を必要とする病気の中で最も多い割合の病気です。角膜には3つの層があり、一番表面の上皮・真ん中の実質・一番裏側の内皮細胞となっています。遺伝子異常により内皮細胞が傷んで減ってしまうケースや、白内障の手術や緑内障のレーザー治療等で目の中を手術したときに手術のダメージで内皮細胞が傷んでしまうケースが原因となり、角膜が水膨れを起こしてしまって真っ白に濁ってしまい視力の低下した状態が水疱性角膜症という病気です。この病気の患者さんの視力を回復させるには、現在、角膜移植という治療法しかありません。角膜移植を必要とする人の約50パーセントがこの水疱性角膜症です。
角膜全体を入れ替える全層角膜移植という手術は100年以上前から行われています。2000年代に入ると、パーツ移植といって角膜の内皮部分の組織だけを裏側から張り付けるという手術も行われるようになりました。手術の進歩はありますが、いずれも特殊な手術なので技術的に非常に難しいですし、熟練を要します。合併症の心配やドナー不足も課題になっています。
そこで我々は健常人から樹立したiPS細胞を、内皮細胞に分化誘導して大量生産し、この細胞を注射で目の中に入れて、角膜の裏側に接着させて移植するという手術方法を開発しました。将来的には、この細胞治療を実用化させ、全世界の医療機関にこの治療を届けることを目指しています。
現段階でセルージョンさんはどれくらい研究に時間をかけているのでしょうか?
新しい医薬品の実用化にはかなりの時間と費用を要します。我々の場合は、起業する前の大学での基礎的研究に5年から6年を要しました。起業してからは、資金調達して大動物での試験を行い、さらに進んで臨床研究の準備を進めています。医薬品になるには「治験」といって、いくつもの段階を踏んで、実際にその薬が効くかどうかを臨床の現場で検証する試験をしなくてはなりません。
安全性の検証から始め、次第に段階を踏んで、より多くの被験者での治療効果を検証していきます。治験の開始から完了までは何年間も、気の遠くなるような期間を要する場合も多々あります。
その治験が終わってから、ようやく有効性と安全性が確認できたものに対して販売が認められます。収益化するのはそこから先ですが、それまで気の遠くなるような時間とお金がかかります。しかし、それが本当に社会に出て実用化されれば多くの患者さんに使ってもらえて、結果としてそれまでの投資を回収できるようになる、というのが医薬品開発のビジネスモデルです。
ちなみに、このiPS細胞を用いた角膜治療は今どの段階にありますか?
ようやく臨床研究の最初の患者さんへの投与(ファーストインヒューマンと言います)を今年度中に開始できるくらいまで準備が進んでいる段階です。
ではここからあとも何年もかけて研究開発を続けていくのですね。
そうですね、時間はかかりますがその道半ばというか、中間点くらいですね。
もし、全部の過程を終了して、正式に販売できるとなったら今よりどれくらい多くの患者さんを救えることになると考えていますか?
先ほど申しました通り、現在行われている角膜移植の数が全世界で年間18万件くらいであり、角膜移植の待機患者さんが今後も増加傾向にあります。この問題を解決するには、年間数十万人の患者さんを治療する必要があると見込まれます。
だからこそ、日本の山中伸弥先生が樹立した多能性幹細胞であるiPS細胞を原材料として、大量の内皮細胞に分化させて大量生産し、全世界の何十万人という患者さんに年間を通して供給していきたいと考えています。
もともとこのようなiPS細胞で治療するというのは昔から研究されていたものなのでしょうか?それとも先生方が思いついたものですか?
ほぼほぼ我々慶應義塾大学のグループが最初です。まず、iPS細胞自体が初めてマウスなどの動物で樹立されたのが2006年で、ヒトのiPS細胞が初めてできたのが2008年です。我々は2011年くらいにiPS細胞に着手して、角膜の内皮細胞を作る研究を始めました。この角膜内皮のiPS細胞の再生医療に関しては我々が世界をリードしています。
また、もちろん再生医療をこれからやっていこうと思っているグループは我々だけではないですし、我々と同じようにベンチャー企業を立ち上げて研究する人も増えてきます。そういった中での競争も年々激しさを増してきています。プレイヤーが多くいる中で競争しながら勝ち残っていかなければならない。それはどこでも同じで、新しいものを作っていこうとするものには多分にもれず競争があります。
承認されてから販売されると仰っていましたが、日本で承認されてから海外にも承認されるという流れなのか、判断基準が異なるから一気に別々で申請を出すのか、どちらなのでしょうか?
基本国ごとに別々の審査で進んでいきます。日本のPMDA、アメリカのFDAなど、それぞれ国や地域ごとに別々の機関が審査します。薬によっては人種の違いによって影響が出る可能性があるので、各国ごとの審査が基本です。ただし、国家間でハーモナイズされた規格や規制もありますし、国家間で臨床データが参考にされる場合もあります。
先生はこれから日本で臨床するということですか?
そうです、まず日本が最初になります。しかし、我々は当初の目的から、全世界の患者さんを治していくことを目指しています。日本以外の国でも治験を実施し、海外開発を進めていくというのも我々の目標の1つです。
基本的には日本と海外と並行して進めるのが一般的なのですか?
それはケースバイケースですね。並行して開発していくとなるとより大きな収益が見込める一方で開発のための費用が初期に大きくなるリスクがあります。一歩一歩、日本でデータを出して、承認してもらって、収益を得てから海外展開をしていくケースもあります。そうすれば初期の開発費用の負担は軽減される一方、時間はかかってしまいます。
企業にとってどちらを選ぶかはケースバイケースで、リスクベネフィットを考えて決めると思います。
角膜移植を必要とする患者さんはどの年齢層に多いのですか?
だいたい50歳以上で必要とされる方が多いです。特に遺伝性疾患は欧米人に多くて、50代くらいから発症する場合があります。もう少し年齢層が高くなると、白内障や緑内障の手術をされて、その合併症で水疱性角膜症が生じることがあります。非常に稀ではありますが、先天的に内皮細胞の機能が悪いというお子様もいます。この場合は希少疾患に分類されます。
私たちのようなバイオベンチャーは、研究や開発の成果を積み重ねて、その成果をもとに資金調達を行い、それを原資にまた開発を続けて将来の実用化を目指します。つまりずっと赤字が続くので、株主の方がそういう会社に出資しようと思っていただくには、経営者の実績や信用が大事になってきます。
正直自分がお金を出そうと思ったときに、その人の人となりが分からないと出資しづらいですよね。そういった意味で、将来起業しようとした時に株主の方の信用を得るために、やはり今現在の自分の足元の仕事をしっかりとこなし、周囲の人々からの社会的信用を積み上げておくことが必要になると思います。
ありがとうございました。
~インタビューをして~
今回は、株式会社セルージョンの羽藤社長に取材をしました。
私自身、今まで関わったことのない医療分野について大変興味深いお話をたくさんしていただきました。また、日本で初めてのiPS細胞を用いた角膜内皮再生医療を研究している先生の話を聞くことができて大変勉強になりましたし、この技術で本当に多くの人が救われるだろうということを考えて、研究のすばらしさを実感しました。
本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
水疱性角膜症という、角膜が真っ白に濁ってしまう病気の治療を目的として、iPS細胞を利用した角膜内皮再生医療の研究開発を行っている。水疱性角膜症は角膜移植の最も主要な適応疾患である。全世界には、角膜移植待機患者が1300万人いるのに対し、角膜移植は年間たった18万件しか行われていない。
この問題の背景として、水疱性角膜症には角膜移植しか治療方法がないということや、角膜のドナー不足、手術できる専門的医師の数に限りがあることが挙げられるが、株式会社セルージョンは、現在開発しているiPS細胞を用いた角膜内皮再生医療によって、これらの問題の解決を目指している。
この記事を書いたライター
上村 愛理
早稲田大学法学部2年生。
スポット社労士くんで2年生からインターン生として働いています。
趣味はダンスとバンドです!